安宿街のチャンピオン
二十代のころ、アジアの各地を旅する中で、出会う人がこぞって「YOUはチャンピオンだ」と僕の左手をあげてくれたことがあります。
それは、荷物の小ささ。
ふつう、安宿街をうろつく旅行者は、背中にドラム缶ほどのバックパックを背負っていますが、僕は小さな布袋を肩からさげるだけにおさめていました。
荷物の中身は、着替えワンセット、ペンとノート、フィルムケースにいれた洗剤や石鹸、小型のナイフにペンライト、ミニ英語辞書、カメラは昔のスパイが使うような小型軽量のものを選びました。税関で怪しまれた以外は、とくに不自由なことはなく、必要なものがあれば、滞在先のバザールで購入しては荷物を捨てながら旅を続けました。
ある意味病的なほど荷物の少なさにこだわったのは、一度、ベトナムのジャングルで迷子になったとき、湿度90%の中、すごい量の汗をだしながら歩き回って、荷物が重くてたまらず、ところが、ひとつひとつ捨てていくと、妙に元気が沸いてきて、なんとか脱出できた、という経験からです。
不思議なことに、ボールペン一本捨てるだけで、けっこう荷物が軽くなったような気がして、また歩く気力が沸いてくるのです。もちろん、錯覚なのですが、あの錯覚のおかげで、どうにか助かったと思えました。
いま思えば、荷物の量で、旅の開放感と自由というものを表現しようとしていたのかもしれません。
ところが現在、出張にでかけるときは、ノートパソコンとデジカメ、たくさんの書類持参で、車輪つきのカバンをひいているような状態ですが、あの頃、体感した開放感と自由は、一生の宝。