神さまに人生をあずける人々 in ネパール

 2000年7月、僕は妻と生後四ヶ月の息子を連れて、インド・ネパールへ巡礼の旅に出ていた(ちなみにインド伝承医学では生後四ヶ月でお宮参りをする)。

 インドといえば、すぐ思い浮かべるのがカーストという極端な身分制度だが、ネパールでもインドほど根強くないが、カーストは存在し、ほとんどの子どもは産まれたと同時に成人してからの職業が決まっている、といってもいい。

 僕らがインド国境の町で出会ったネパール人夫妻も、そんな典型的な貧しいヒンドゥー教の家に生まれていた。

 明日はようやくインドへ入るという前日の夕方、僕らはいつものように赤ん坊を抱いてホテルの周辺を散歩していた。その途中で、一歳くらいの男の子を抱いたネパール人の夫婦と目が合い、数分ほど会話をして別れた。

 三十分ほどして、僕らが道ばたでアイスクリームを舐めていると、再びさっきの夫婦と出会った。そうして彼らの家に招かれることになったのである。

 案内されたのは、集合住宅のうちの一部屋で、室内にはお皿などわずかな家財道具が並べられているだけだった。ここが彼らの生活の場のすべてなのだが、ひとつ気になったことに印刷物の束が置かれていた。覗いてみると、聖書の句を抜粋した伝道用の小冊子だった。

 この夫婦は、クリスチャンだったのである。

 ご主人のタパさんは、現在34歳。11年前に家族そろってヒンドゥー教徒からクリスチャンになった。22歳の奥さんも同じように六年前に改宗し、二人は教会で出会い、結婚式を挙げたという。

 インド・ネパールでは、ヒンドゥー教カーストの縛りから逃れるために、仏教やキリスト教に改宗する人が増えている。彼らもそのような人たちなのだが、この旅でヒンドゥーのお寺にばかりお参りしてきた僕らとしては、改宗という行為がとてつもなくすごい命懸けの行為に思えた。

 きっと、この夫婦の家族も他の大多数のネパール人と同じように、敬虔なヒンドゥー教徒であり、自らのアイデンティティヒンドゥーの神にゆだねていた人たちにちがいない。町のいたるところにヒンドゥー神の像があり、暦や慣習の隅々にいたるまでヒンドゥーの影響が及んでいる。それがキリストと出会って、改宗。

 今日から信じる神さまがまったく違ってしまうということは、どういうことなのだろう。ゆだねるものがヒンドゥー神から、キリストに変わっただけなのだろうか。

 一方、ほとんどが特定の信仰を持たない私たち日本人は、いま、終身雇用制度が崩れて会社に人生をあずけることもできず、コミニティーが崩壊し町や村に依存して暮らすこともできない、そんな人たちが大多数をしめる。

 自らの力で自分らしく生きる、よく人生本に書かれているこんな文句を、本当に実行しなければ生きていけない時代が来たと思った2000年の夏だった。

 あれから、5年が過ぎた。僕は、「自らの力で自分らしく生きる」ことができているのか。ふと一息しているときに考えた。