新聞売りの少女 in ベトナム・サイゴン

1996年の春。僕は、ベトナムのジャングルでの不思議な仙人の取材を終えてサイゴンに戻りましたが(前回参照)、帰国までの一週間をサイゴンの安ホテルとオープンカフェでのんびり過ごす生活を送っていました。

外国人旅行者が行き交うこの安宿街に、ハンチング帽をかぶった新聞売りの少女が毎日、通りを行き来していました。細い身体で英字新聞の大きな束をかかえながら、外国人の若者をさがし歩き、新聞を差し出しては、左へ右へと飛び跳ねるように歩いていくのです。

もちろん、カフェでじっと座っている僕にも売りこんでくるのですが、どれも英字新聞ゆえ、買うことをせず、通りを行き来している彼女とときたま目が合う毎日でした。

それが、ちょうど帰国前日のこと、たぶん、いつもカフェで目が合う日本人のために、どこからか調達してきたのでしょう‥‥。

少女がはじめて僕にニコっと微笑みかけてきたかと思えば、朝日新聞を差し出してきたのです。日本語に飢えていたのと、彼女へのちょっとした親近感から、少々高いと思いつつも、即買いしました。

ところが、開いてみれば一週間前の古新聞でした。“新聞”を読めると思った期待を裏切られ、腹が立って思わず突きかえそうとしたのですが、立ち上がった瞬間、「なぁんだ‥‥」と思い直しました。

日本を離れてずいぶん時間がたっている自分には、そもそも、今日の新聞も一週間前の新聞も、なんにも変わりはないのでした。

時間というものに、たいして意味がないということを、あのハンチング帽をかぶった新聞売りの少女が教えてくれたような気がしました。

今年も、暑い夏がやってきました。この先一生、笑って暮らせるくらいの、楽しい想い出を、この夏につくってやろうと、目論んでいます!