ぼうず、目を閉じるな!

幼い頃から鼻炎持ちだったので、耳鼻科に通っていましたが、鼻の奥に金属の管を入れられるのが苦痛で、必死で病院にいくのをいやがったものでした。
打開策として、病院をかえることになったのですが、新しいところは、子どもでもわかるほどに器具が旧式で、しかもおじいちゃん先生が一人でやっていて、僕の不安はかえって膨らんでいました。案の定、金属の管を鼻につっこまれると同時に泣いてしまったのですが、すると、そのおじいちゃん先生は、 
「ぼうず、目を閉じるな!」と、怒鳴ってきたのでした。
「ほら、目を開けてわしの髪の毛を数えろ!」と、また怒鳴られ‥‥。
目を閉じていると痛みに意識が集中して、よけい痛く感じてしまうということを、後で教えてもらいました。
ただ、そのおじいちゃん先生は、丸坊主だったので、この怒鳴りは、今思えば、子ども向けのつかみだったのでしょう。
そして、これはこれで便利なことを教えてもらったもので、それから僕は、鼻炎の治療はもちろん、痛い注射も、転んで血が出たときも、目を開け続けてきました。
そして、このことは、心理的な痛みにも当てはまるのかはわかりませんが、僕が十代の頃によく心にダメージを受け、ふさぎこんでいるときはいつも、どこからか、「ぼうず、目を閉じるな」の呪文が聞こえてきたものでした。

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ある心理学者は、
「つらい記憶を和らげるチャンスは、その記憶を思い出した瞬間にある」
‥‥ということを述べています。
たとえば、誰に読ませるわけでもなくとも、手記を書き、声を出して読み上げていると、その最中に、内面で劇的な効果を生むことがあるとか。
<痛み>から解放されるまでには、いろんな手段やプロセスがあるでしょうし、時間がかかることもあると思います。
とはいえ、ポイントは、いつだって<その瞬間>にあるのかもしれません。