旅のおトモ本

 海外の旅へ出かける一週間ほど前、持参する本をどう選ぶのが楽しみで、普段は、できるだけ読みやすい本を買ってしまうのに、このときばかりは間逆で、少しでも長持ちできるよう、ぶあつく、字が小さく行間もつめつめの読みにくい本をあえて選んでしまいます。

 外国に出かけ、とんでもない辺境の、村に宿が一軒、お客も自分一人しかないようなところに何日もいると、自然に読書三昧となり、旅にきたのか、わざわざ外国まで本を読みにきたのか、自分でもわからなくなるほどですが、これぞ“紙福(しふく)”のときでした。

 僕はきっと、世界という大きな大きな存在と、本という活字だけの世界に、同じ奥深さを感じていたようです。

 やがて読書にも飽き、手ぶらで外を歩いていくと、みたこともない美しい景色にでくわすことがよくありました。我を忘れて眺めていると、ふいに、景色と自分が入れ替わったような不思議な感覚に包まれました。

 これが「ワンネス」というものではないかと、後からわかりました。

 ワンネスとは、「すべての魂はもともと一つである」という考え方や体験のことです。世界と自分がひとつになった幸せな感覚を、一人旅で味わうというのも、不思議なものだと思いましたが、これを、なんとか本で表現できないかと思い、それ以来、外国へでかけることはなくなりました。

 5年ほどかかり、この「世界と自分がひとつになった幸せな感覚」をやっとのことで、一冊にまとめることができました。

 ‥‥この場で、何度となく触れてきた物語本のことです。

 物語を書き進めながら、世界の美しさと、自分の存在価値は同じだったと、ふと気づきました。

 無条件最大限の、自分自身への肯定。このとき、はじめて、自分に「ありがとう」が言いたくなりました。バルセロナオリンピックで銀メダルをとった有森裕子さんもきっとこんな気持ちだったのかなあと思いながら、このワンネス感覚を“私福(しふく)”と名づけてみたのでした。