運命を逆転させる秘策

 ずいぶん前に、近所のシャッター商店街の一店舗で営業している、中年男性の占い師さんに、じつになにげなく未来を当てられた、という話を書きましたが、その占い師さんのドアをたたいたのは、いままでの人生のうちでもっとも暇であった一時期のことでした。勤めていた会社を逃げるようにやめ、二人目の子どもが生まれる寸前というのに、ひとつの仕事もなく、現実逃避のような感じで、2歳の息子を自転車にのせて街をウロウロしてばかりしていました。

 そんなとき、なかなか寝付かない息子とともに深夜の散歩でとおりがかったのが、昼間でもほとんど人通りがない陰湿な商店街の中にポツンとある、いかにも流行らない占い屋さんでした。

 後日、なかば導かれるようにここに入るや、「お土とり」というものを紹介されました。お土とりとは、風水の観念を用いた開運の作法で、内容はじつにシンプル。指定された日に指定された方角の神社へ行き、土をとってきて、天日に干すというもの。

 はっきりいって他に何もやることがないので、東西南北の四回、まじめに「お土とり」をこなしました。そして、なんとなく予想していたとおり?、そのときは、なにかがかわった、という意識も出来事もありませんでした。

 とはいえ、それから一年のうちに、気がつけば、さばききれないほど仕事をこなすようになり、自分の本を出版するという夢を叶えることになりました。

 先日、数年ぶりに、あの占い屋さんを尋ねると、意外な一言が。
 
 「あの頃のあなたは、じつに落ちているときでしたね」

 この占い師にとって、この「お土とり」とは、運命を逆転させる秘策として慎重な扱いをしており、これを提案するのも、非常にまれなことであるとわかりました。

 いま思えば、当時、自分はこの世界に必要とされていない、という思いばかりが頭の中をぐるぐるした、うつ病寸前の、心理的にドン底であったようです。

 最低の時期というのは、案外当人がそうだと気づいていないものだな、こうして気づかないままどんどん落ちていくのだと感じたと同時に、運命を逆転させるきっかけは、じつにそれらしくないところに落ちているのだと思ったのでした。

 散歩をする人は運がよいというのも、実にうなづけます。