ふしぎな小旅行とあいのうた

7年ほど前、ふしぎな小旅行をしたことがありました。前夜に、とつぜん「ひ・え・い・ざ・ん」という言葉が降ってくるように聞こえ、妻とふたりで、京都の比叡山へ出かけることにしたのです。(とはいえ当時は京都に住んでいたので、電車で30分でした)。

姿のない声に導かれるようにきたわけですから、何かあると思いつつも、山頂についたというのに、何も見えず聞こえずで、仕方がなく、トロッコ電車で山の反対側である滋賀の坂本へと降りていくことにしました。

ところが、そのトロッコ電車に乗っている最中に、びびびっと、直感が働きました。終点前まで駅はないものと思い込んでいたら、 「ほうらい丘」という名の駅があります。ここは、事前に駅員に申し伝えておかないかぎり、電車がとまることはないそうです。

大急ぎで電車を止め、薄暗い森を歩いていくと、そこには、数百体ものお地蔵さんが収められた洞窟のような塚でした。その塚への道は数ヶ月前の土砂崩れでふさがっており、管理している地元の人ですら、ずいぶん訪れたことがないかのように荒れていたのでした。

立看板によると、戦国時代、織田信長による比叡山焼き打ちで亡くなった人たちを供養したお地蔵さんでした。きっと、この人たちが僕らを呼んだのだろうと思い、ふたたび電車に乗って線香とロウソクを買い、改めて「ほうらい丘」へ踏み入れました。
一本一本とロウソクをつけていくと、暗い塚の中のお地蔵さんがまるで生きた人間のように生気を放ち、私たちを見つめてきます。

周辺の掃除をして一息つき、なかなか来ない電車を待っているときでした。この暗い森の中で突然、音楽が聞こえてきたのです。それも、映画「スワロウテイル」でチャラが唄って大ヒットした「Swallowtail Butterfly あいのうた」です。

すぐふもとに高校があり、グラウンドで体育祭の練習をしているようでした。生徒たちがその歌に合わせて踊っています。

たった一言に導かれて訪れた古き鎮魂の碑で、妻がよくカラオケで唄って大すきだった曲を聴くという状況は、ものすごいミスマッチのようで、ここまでやってきた、ささやかなご褒美のような気もしました。

あの頃は、子どもがおらず仕事もなく暇だったせいか、こうしてよく、あちこちでかけたものでした。いまでは仕事に追われ、すっかりごぶさたですが、思えば、あの頃は、こんなふうに、目に見えないものを信じるというトレーニングをしていたように思えてなりません。