『人間の大地』を読んだ

職業柄、なにより趣味の範囲でも、しょっちゅう本屋に行っては本を買ってしまうのですが、恥ずかしいことに、買った本のうち、じつは半分くらいしか読んでいません。
ところが、この年末年始にようやく、まとまった読書の時間をとることができ、本棚からまだ読んでいない本をと、手にしたのが、『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリの『人間の大地』(新潮文庫)でした。
読み始めたものの、内容は『星の王子さま』とはまるでちがい、観念的でかたくるしい文章で、何が書いてあるのかも理解できず‥、まったく面白くありません。すぐにページをめくるのも苦痛になりましたが、いままで読んでいなかったから‥というヘンな罪悪感から、無理して読み進めていました。
そして、51ページ‥‥。
サン=テグジュペリは、パイロットとしても有名ですが、この本の中で、航空郵便の友人パイロットがアンデス山脈の山中に墜落した際の手記のような文章を挿入していました。
氷点下四十度の寒気の中、4500メートルの高い峠を、ピッケルもザイルも食料も持たず、体中を血だらけにしながら、ただ自分を待つ妻のために、アリのような執拗さで歩く姿が、書かれていました。本文を少し紹介します。

 救いは一歩踏み出すことだ。さてもう一歩。そしてこの同じ一歩を踏み出すことだ……ぼくは断言する、ぼくがしたことは、どんな動物もなしえなかったはずだ。(本文より)

そして、雪を掘りながら歩いていたとき、極度の疲労から、ぱたりと心臓がとまることもあり……。

 ぼくは心臓に呼びかけた、がんばれ! もうひと息はたらいてくれ……。躊躇はしても、きっとまた動きだした……。ぼくがどんなにこの心臓を誇りに思ったか、きみにわかるだろうか! (本文より)

悲惨で壮絶な体験でありながら、崇高な人間の姿がありありと描かれていたことに驚きました。そして、いままで、こんな宝石のような言葉が書かれた本を、ただ本棚に並べていただけだったことにも。
この『人間の大地』は、その後、また面白くない内容に戻ってしまい、じつはいまだに完読していませんが、僕は、無名の墜落パイロットが、ただひたすら歩く姿を思い浮かべるたび、勇気がわいてくるという正月をすごしたのでした。
わずか数ページ分だけが特出しているという本との出会い、つまらないと思い込んでいるもの、見落としていたものの中にこそ、じつは宝が収まっている──これを今年のテーマとしていこうと思いました。