部屋の2階3階4階の窓が!

写真家は、ほんとうに美しい景色を見たとき、写真を撮らない。 
これは、自著の冒頭で書いた言葉ですが、この自分で考えた言葉と同じ<思わず写真を撮らない>という感覚を、つい最近、体験しました。

パソコンでデザインをやっている方はよくご存じだと思いますが、印刷物は、シアン(藍色)、マゼンタ(深紅色)、イエロー(黄色)の組み合わせで何十万色もの色を作り出します。印刷物では、あらゆる絵や写真はすべて、この3色(+黒)で表現しているのです。

いわば、この3色が、色の大本であるわけで、僕は職業柄、いつもこの色と格闘しています。

‥………この3つの色を、パソコンのモニターや印刷物以外で目にするのは、たぶん初めてでした。

先日、自宅から会社事務所まで、自転車で数分の通り道にある、四階建ての小さなワンルームマンションを通り過ぎた夜のこと、僕はそのあまりの意外な景色に思わず立ち止まっていました。

部屋の2階3階4階の窓が、藍色、深紅色、黄色の、無地のカーテンで、縦一列に並んでいたのです。

おそらくは他人同士であろう部屋のカーテンが、無限の色数を生み出す3つの色で組み合わさっていました。

この道を通り続けて何年にもなりますが、はじめて見た<景色>でした。カメラを持っていましたが、なんだかあまりの見事さに、写真に収めることすらもったいない気がして、シャッターを切ることはしませんでした。

それは、この景色を心の中に残すことが、もっとも美しいままの状態で残せることだからでしょうか。数分、この誰も知り合いのいないワンルームマンションの外観を眺め、事務所へ戻ると、パソコンを開いて、また今夜も、3つの色をいじって過ごすのでした。

美しい景色は、通い尽くした道の途中にも、必ずあるのです。