鮮明に記憶に残る、<おっちゃん>と出会い

私たち夫婦が、京都に住んでいた十年以上前のはなしです。当時はまだ子どももおらず、とくに仕事もせず、六畳一間のアパートで気ままに暮らしていた頃、街で、いまでも鮮明に記憶に残る、一人の<おっちゃん>と出会いました。
その人は、じつはほんの一瞬すれちがっただけなのですが、その年の真冬、人どおりの多い京都の繁華街を、白のランニングシャツとこれまた白い短パンで自転車を押しつつ、おにぎりのような顔でニコニコと歩いている、というだけのおっちゃんなのですが、いまでも私たちの会話にあがるほどの存在なのです。
底冷えのする季節に、戦前のマラソン選手のような格好で、満面の笑みをたたえて人混みを歩く姿がただ強烈で、当時若かった私たちは、「いまの見た?おもしろい人だね」と驚いたわけですが、いまにして思えば、そのおっちゃんが、どんなに澄み切ったオーラを放っていたかをまじまじと感じるのです。
まるで清掃車が走るだけで道をきれいにしていくように、そのおっちゃんもだだ歩くだけで、愛と光をばらまいていたのではないか、と今になってようやく気づくのです。
スピリチュアルな道を選んで十年、一度すれちがっただけの人が、嘲笑から尊敬の存在へと、完全に移り変わりました。
きっとあのおっちゃんは今でも、京都の街を笑顔で歩いていることでしょう。
そして、私たち夫婦の目標は、あのおっちゃんのように、どんな人ごみの中でも、ただ歩くだけで愛や光をふりまける人になることです。
オーラとは、持っているだけではまだ目的半分で、自然とふりまけるようになってこそだと思う、この頃です。