不思議と運が向いてくる男でもある

二十歳過ぎの頃、「孤独日記」というタイトルの、無名の若者たちのノンフィクション本を書くために、丸一年間、取り組んだ時期がありました。孤独な生き方とは何かを描ききろうという挑戦で、友人知人づてに、人から人へと取材を繰り返していました。
その本は、当初のタイトルとはちがう形で出版にいたるのですが、書くきっかけとなったのは、今でいう不登校で、まったく学校へ通わず、毎日たった一人の時間を、絵や日記を書いて生きてきた、同じ歳の男の存在でした。とある勉強会で彼と出会い、やがてお互いのアパートを一ヵ月単位で泊まり合うほど親密な仲になる中で、僕は、孤独とは何か、というテーマで本を書こうと思い立ったのでした。
やがて、彼と出会った者は「不思議と運が向いてくる」という話を何度も聞くようになります。ちなみに、僕も、彼を自分のアパートに呼んだその翌日に、とある文学賞をとるという偶然もあり、何より僕のデビュー作となる本も、その彼がきっかけであることを考えれば、僕の人生を変えてくれた友人といってまちがいありません。
孤独ではありますが、それゆえに、かたくなな男でした。まわりの人たちは、この自分を確立させた彼と接することで、知らぬうちに刺激され、ことごとく自分の道を見つけていき、やがて運をも引き寄せていくことになるようでした。
まわりの人を無意識で導いていく人物が、都会の片隅で、ひっそりと生きていることを、僕は彼を通して知ったのです。
今年、横浜へ出張のおり、彼と十年ぶりに再会し、二十歳の頃と同じように、静かな会話の時間を持ちました。彼は、当時とまったく変わらぬ、野生の馬のような澄んだ目を見せ、ていねいに僕の無駄話を聞いては笑ってくれるのでした。
以上が、僕が唯一、親友と呼んでいる男のはなしです。彼は今でも、毎日かかさず日記を書いているとのことでした。