それは、やっぱり、インドでのこと

誰でも一度や二度は、絶体絶命、という経験があることと思いますが、北陸の田舎町で育った僕の場合、人生最初の絶体絶命は、インドでの一人旅で起こりました。
ちなみに、インドでは、ガイドブックに載っているようなホテルであっても、昼と夜とではまったくちがう顔になるところがあるそうです。まるで副収入のような感覚で、<ぼったくり>が行われている、というのは、十年以上も昔のはなしですが。
そのとき、僕は四回目のインドで、深夜、空港バスで降りてから、いつもの安宿街を目指して歩いていました。
真夜中とはいえ、慣れたところで不安はなかったのですが、たまたま入った安宿が大ハズレの<ぼったくり>だと、すぐに気づいたものの、すでに手遅れでした。
僕はさっそく物置部屋に監禁されると、1泊100ドルを(最終的に60ドルまで値切りましたが)請求されて(ふつうの安宿は、5ドルくらいです)、早朝6時という信じられないチェックアウト時刻と、送迎付であることを告げられました。つまりは、明るくなる前にどこかに放り出されるわけです。たぶん、そのときは、無一文‥‥。
こういうとき、どうすべきなのか‥‥。
一人、物置部屋にいて、二十歳すぎの、田舎出の僕は考えに考えました。残念ながら、浮かんでくるものは、テレビドラマや映画のワンシーンしかなく、すぐに荷物を最小限にすると、スパイばりの身のこなし?で、なんとか窓から抜け出したのですが‥‥、その後、予想もしない<逆転>が待っていました。
じつは、いざ逃げたものの、真っ暗の街を歩くのは、危険だと察して、朝までそのぼったくりホテルの前でじっとしていたのです。
夜が明けると、ホテルの主人らしき男が僕に駆け寄ってきました。宿泊費の60ドルを、僕に突き返してきます。
「YOUは、宿泊していない。この金はYOUのものだ」
と言ってきます。ホテル側は、なんとかもみ消そうとしたかったのでしょう。だから、僕は、その男に朝食までごちそうになりました。食後のチャイを飲みながら思ったのは、テレビドラマや映画を観てきたことも、人生に役に立つことがあるものだな、という、ちょっと、的外れっぽいことではありましたが、絶体絶命の際には、いままでの記憶や経験を総動員して、危機を脱しようとするものなのだと理解しました。
あの夜以来、危機らしい危機はないまま、大人になりましたが、いつかまたあんなことに遭遇すれば、まず真っ先に、その場で座り込み、瞑想を始めると思います。