《息子をサラリーマンにしない方法》

 ‥というタイトルの本が、実家の本棚にはずっと前からあり、いま思えば、僕は、この本の存在を感じながら、少年期をすごし、大人になっていたように思うことがあります。
たしか、著者は、作家にして元東京都知事石原慎太郎で、現代でいう新書サイズのライトなエッセイで、ちょうど僕が生まれた年に発行された本でした。
じつはこの本を、持ち主である父が読んでいるところを見たこともなければ、僕自身も覗いてみたことすらないのですが、毎日、本棚を横切るたび、無意識レベルでこの本のタイトルが頭に叩きこまれていったように思うのです。
やがて大人になり、僕は、結婚して子持ちになってから、なんとか採用してもらった会社も、試用期間の数ヶ月で、社員になる前に辞めてしまうのですが、今日で最後の出社という朝の通勤電車のプラットホームで、ふと浮かんできたのが、この「息子をサラリーマンにしない方法」というタイトルでした。
自分に対するふがいなさも、親に対するうしろめたさも、二十数年前の本の存在で、なんとなく帳消しにすることができたような気分で、その後、僕は自分の道を選択していくことになります。
後に夫婦で会社を起こし、地味な仕事を請負う中でようやく、会社員を続けることの価値やすごさを理解し始めるのですが、今にしてふと思うのは、
本というものとは、本棚に差しておくだけでも影響力があるのではないか
‥‥ということです。
もし、あの本が家になければ、僕はどんな人生を歩んだのだろう、そんなことすらも思うのです。
‥という自分の体験をふまえ、新年度、中学二年になる我が息子に本を贈ろうと考えているのですが、もちろん、その本を本人が読むか読まないかは本人にまかせることにします。むしろ、読まなかったことで、いつまでも本棚に居座り続ける本も、あるのかもしれません。