分娩室であった畳の部屋で

中学3年生になる息子は、いまでは父親の僕よりも体が大きくなりつつありますが、14年前に生まれたときは、低体重児で、すぐに保育器に入れなければならないほどでした。

ただ、その産婦人科病院の方針で、30分間だけ、分娩室であった畳の部屋で、親子3人で過ごす時間を設けてくれました。

一昼夜の初産を終えたばかりの妻はヘロヘロで、生まれたての赤ん坊もウンとスンともいわない状態でしたが、この最初の、親子水入らずの特別な時間を、僕はいまでもよく覚えています。

おそらくタイマーで測っていたのでしょう。30分きっかりに部屋のドアが開き、さささーっと赤ん坊は運ばれていって、その後はずっと保育器暮らしとなりましたが、この30分が我が子にとって圧倒的な安心感を受け取った時間であったことは、



  スピリチュアルを学ぶのであれば、
  誰かのまねをしてはならない。

                『ルーミー 愛の詩』より


僕が、この言葉に目にしたとき、ふと思い出したのは、なぜだか、我が子が生まれて30分間の特別な時間のことでした。

これは一見、厳しい言葉のようでありながら、人はそれぞれ、完全に固有で特別な存在であることを改めて教えてくれる言葉でもあると思います。

あなたは、誰かのまねをする必要などない存在なのだ、と。

産後の親子だけの時間は、きっと、あなたは私たちの子ども、私たちの特別な存在だと伝えるために、どうしても必要だったはず。

いま我が息子は中学3年生、勉強や遊びに忙しい日々を送っています。この先、きっと、誰の真似もしない、自分だけの生き方を選んでくれるだろうと信じています。